引用の華

木  谷川俊太郎


木がそこに立っていることができるのは
木が木であってしかも
何であるかよくわからないためだ
木を木と呼べないと
私は木すら書けない
木を木と呼んでしまうと
私は木しか書けない

でも木は
いつも木という言葉以上のものだ
或る朝私がほんとうに木に触れたことは
永遠の謎なのだ

木を見ると
木はその梢で私に空をさし示す
木を見ると
木はその落葉で私に大地を教える
木を見ると
木から世界がほぐれてくる

木は伐られる
木は削られる
木は刻まれる
木は塗られる
人間の手が触れれば触れるほど
木はかたくなに木になってゆく

人々はいくつものちがった名を木に与え
それなのに
木はひとつも言葉をもっていない
けれど木が微風にさやぐ時
国々で
人々はただひとつの音に耳をすます
ただひとつの世界に耳をすます
◎ 2002/01/26(Sat) 12:14



「木」というと「草」という詩を思い出す



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