吾胸の底のここには 

吾胸の底のここには
言ひがたき秘密住めり

身をあげて活ける牲とは
君ならで誰かしらまし

もしやわれ鳥にありせば 君の住む窓に飛びかひ
羽を振りて昼は終日 深き音に鳴かましものを


もしやわれ梭にありせば 君が手の白きにひかれ
春の日の長き思を その糸に織らましものを


もしやわれ草にありせば 野辺に萌え君に踏まれて
かつ靡きかつは微笑み その足に触れましものを


わがなげき衾に溢れ わがうれひ枕を浸す
朝鳥に目さめぬるより はや床は濡れてただよふ

 

口唇に言葉ありとも
このこころ何か写さん

  ただ熱き胸より胸の
琴にこそ伝ふべきなれ

 

                島崎 藤村