言葉言葉言葉:猫頭のノート 花冠

       

 
引用の華


詩語とは

トポス
引用句と常套句と…

大岡 信 (平凡社世界大百科事典)

一般に〈詩のことば〉,〈詩 (韻文) に用いることば〉と説明されるが,
いずれにせよ 詩語という語の定義はあいまいである。
英語のpoetic dictionということばは,
詩に特有の言いまわし・語法の意で用いられる。
この場合も定義はあまり明確でない。

日本の詩歌には〈詩語〉とよんでしかるべきものがきわめて豊富であることを
あらためて指摘しておきたい。

古代以来の和歌に頻出する
〈枕詞〉〈序詞(じよし) 〉〈懸詞〉〈縁語〉などの修辞は,
日本語特有の言語的条件が生み出した〈詩語〉と考えてよい。

これらに共通する性質は,一首の歌なり歌謡なりの
意味を 複合的,多義的なものにしうることにある


大岡信さんは、わたしにはなによりも「折々のうた」の人である。
深甚、鑑賞眼に敬意を持ってもいるし、大岡さんが
だれに一番に愛着を持って語っていたかもわかっているつもりだ…。
最もじっくり読んだのは、12までであったか…
勝手ながら、それは、信州のあの歌人だと思っている。
それはさておき、「詩語」とは… いうなれば言葉の意味を 複合的,多義的なものにしうる語だというわけですね。

岩波新書『折々のうた』(大岡信著)
1979年から「朝日新聞」連載

窪田空穂歌集 岩波文庫


日本は世界的に見てきわめて特異といってよいほどに,
詩語が語彙そのものとして体系化されて現存し,
しかも生きて用いられている国
だということができる。
しかも,注目すべきことに,これらの季題・季語は,
単に俳句作者たち,また広く詩歌人や文学者のためにのみ
存在しているわけではない。
日常の風俗習慣の次元においても,詩語がかきたてる
ある種の常套的な情緒はたえず更新され,
映画やテレビジョンなどの現代的メディアを通じて,
さらに強化されてゆく側面さえもっているのである。


〈歌枕〉は名所として人々の憧憬を刺激する地名

〈季題〉〈季語〉
季題とは四季それぞれの歌を詠むに当たって,
その季節を一語よく象徴しうるごとき題を詠題として立てた
万葉や古今以来の分類法にもとづく用語である。
すなわち四季の詠題が季題であり,
これをさらに現実に即して細かく具象化していったものが,
季語の大群である。

《古今集》春の部の詠題は,
〈立春,霞,鶯,梅,消えあへぬ雪 (残雪),春の日,氷とく,
野焼,若菜摘,春雨,青柳,百千鳥,雁帰る,
春の夜,桜,花,春の行方,
春風,春の色,春の野,藤,山吹,春の果〉
となっていて,いずれも春という季節を象徴しうる
代表的な景物であり,天象や気象である。
それはまた,日本列島で一年間に継起する自然現象や人事・風俗を,
一群の選ばれた語彙によって細かく分節化し,
美的にそれを享受することを通じて,
自然と人間の交感をいっそう体系的に遂行しようとする
意思の産物でもあった。
これら季題の頂点をなす最重要の題目は
〈花,時鳥,月,雪,紅葉〉で〈五箇の景物〉とよばれ,
勅斤和歌集や連歌の時代から江戸の俳諧にいたるまで,
その扱いは特別に重視された。




江戸の俳諧之連歌 (連句) においても,
花の定座・月の定座の句は晴れの位置にあるものとして
連歌の場合と同様に重視された。
この種の美学が,必ずしも日本独自のものではなく,
元来は古代中国以来の美意識を継承するものであったにせよ,
とくに日本の詩歌の中で洗練されてきたことは否定できない。
明治以降の近代においても,われわれはたとえば
〈雪月花〉という季題の三文字によって,
日本の自然の美を簡潔に要約して語ることに慣れている。
現代俳句が,無季を標榜する俳人たちを内部に少数派として抱えながらも,
大勢としては依然として俳句歳時記をかたわらに置き,
季題・季語の宝庫に日夜出入りしている
厖大な作句者たちによって支えられていることは,
1000 年以上に及ぶ
この精緻な〈詩語の体系〉の威力を物語るものであろう。
大岡 信
大岡 信 1931年、静岡県生まれ
第一詩集


対談 現代詩入門―ことば・日本語・詩


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lastModified:lastModified: 2006 年 6月11日(木)