農耕時代初期の芸術において目覚ましい発展を見せたのは、抽象的概念を象徴する図式的な文様であった(p88)
一種の表意文字(イデオグラム)ともいうべきその文様は、何千年にもわたる古ヨーロッパ文明の時間の中で小像、印章、皿、神器などに繰り返し表わされたばかりでなく、壺や住居の壁を飾る絵画的装飾にも現れている。(p88)
表意文字としてあらわされたシンボル軍には基本的に2つのカテゴリーがある。
一つは、水または雨、蛇、鳥にかかわるシンボル。
もう一つは、月、植物の生命周期、季節の循環、生命の存続を決定する誕生と成長に結びつくシンボル。
第1のカテゴリーに属するシンボルとして、
単純な平行線、
V字文、
ジグザグ、
鋸歯文、
雷文(メアンダー)、
および渦巻き
第2のカテゴリーには、
十字、
円十字、
世界の四方位と象徴的に結びついた根本的モチーフとして、
十字から派生したより複雑な形の十字、
三日月
角
毛虫
卵
魚などが含まれている(p88)
宇宙の四方位を指し示す四つ腕の<十字>は、新石器時代の農耕社会が創造もしくは適用した普遍的なシンボルであり、今日の民族芸術にまで受け継がれている。
歳月が四方位を巡る旅であるという信仰に基づいている。(p88)
図45 宇宙の中心を占める十字と、蛇のモチーフを黒鉛で描いた皿。
ルーマニア、タンギル遺跡出土、
東バルカン文化、前5千年紀中葉
十字は生命維持を保証するシンボルだったのだろう。今日でもヨーロッパの農民文化に見られる、幸運のシンボル
エジプトの神聖文字(ヒエログリフ)でも十字は生命や生活を意味するだけでなく「健康」とか「幸福」というような言葉の一部をなしていた(p90)
ある一つの状態から別の状態への円滑な移行が幸福と呼ばれるものであった。従って、古ヨーロッパのシンボリズムにおいて十字のようなよ四分割の構図=永遠の再生および完全な形をとる生命体の原型━と月は、生と死をつかさどる<大女神>や<多産女神>、特に月の女神と結びつけられた(p90)
角には神秘的な成長力が満ちていると信じられ、月のシンボルとなった(p90)
牡牛の聖性を示すため角を強調する表現がとられた(p90)
ミノア美術にあれほど頻繁に登場する奉献の角も、もとをただせばヴィンチャや東バルカン文化に古くからあったシンボルである。(p92)
写真49 後期ククテニ文化の皿に描かれた4分割のデザイン。三日月または毛虫を取り囲む牡牛の角のモチーフ。
ルーマニア北東部、モルダヴィア、ヴァレア・ルプルイ出土。前4千年年紀中葉
地中海世界の他の地域でもそうであったが、古ヨーロッパでも牡牛は重要な神話像であった。
ククテニ文化で生み出された牡牛のテラコッタ像は、たいてい額の所に円錐型の鋲をつけたり、角の間に小さな銅片をつけたりしている。
ミノア、ミュケナイ美術における、同じく額に花文(ロゼッタ)をつけた牛頭は、そうした古ヨーロッパの伝統を受けついている。
このシンボリズムの始まりは、犠牲とされた牡牛の身体から新しい生命が生まれ出るという重要な概念に基づく、原初的な供犠にまでさかのぼることができるかもしれない
クレタの新宮殿時代、奉献の角が両刃斧(もしくは蝶)や樹木や柱に変容する女神と常に結びつけられていることも注目に値する。((p92)
ギンブタスp91 写真51のもの。
後期クククテニ文化の多彩色壺。牡牛の角に接合された4分割の円のモチーフ。白色の地にこげ茶色の着色
ルーマニア北東部、ダルグーオクナ出土