古代の女神(7)マリア・ギンブタスを読む

古代の神々と女神


『古ヨーロッパの神々(と女神)』
The Goddesses and Gods of Old Europe
(1974:邦訳「古ヨーロッパの神々」鶴岡 真弓訳)

第7章 水の女王ー<鳥女神>と<蛇女神>

<鳥女神>の起源と新石器時代の<鳥女神>像


p132

図93 象牙の小像 旧石器時代後期・・首の長い水鳥の小像・
a.背面 b.前面 c. 側面 
西ウクライナ、メズィン、前14000年頃
1908-09発掘 メジン(ウクライナ地方デスナ河岸マドレーヌ初期か「コンテンキⅣ」に属する)
雷文、鋸歯文、平行線の装飾

鶴やアオサギ青鷺、野ガモ、野アヒル、カイツブリといった水鳥 は、
北方狩猟民にとって食糧供給元であり、神聖な動物であった。
これらの鳥は 熊やオオシカと共に
ユーラシア北部に置いて先史時代を通じて崇拝され、今日でもなお神話における重要な役割を失っていない。


鳥に象徴される神は糧を与えてくれるものであった

鳥と女性が合体するという考え方に基づいて作りだされ、幾何学的な模様は、その護符としての効力を高めるために欠くべからざるものであった

鋸歯文は鳥の飛躍性を強調し、雷文は神話的な水や水の力、および水の女王たる蛇を強調しているのである


p133

チカレンコ(Chikalenko1953:534)はメジンの雷文を、それ以前は人類の美術に知られていなかった新しい美術的デザインあり、リズムやシンメトリーへの理解や感覚を図形的(グラフィック)な形態のうちに表して見せたものであるとみなす (律動的図形と呼ぶ)純粋美術の始まりを見ている

しかし,雷文が水鳥や水蛇とのかかわりを示しているところろから見ると、このモチーフを宗教的信仰と切り離して単独で扱おうとするのには無理がある


p133

旧石器時代後期以来何千年にもわたって作られた男根や蛇を象徴する鳥の長首には、
神聖なる水鳥の「二重の性(バイセクシャリズム)」
が明らかに強調されている。
この「両性」は女性原理と男性原理の結合なのではなく 一つの神閣に備わる2つの局面、すなわち、鳥の神と蛇の神との結合から導き出されたものである。
7千―6千年期のエーゲ海地方やバルカン各地では、男根を思わせる<鳥女神>像が盛んにつくられた


金石過渡時代の<鳥の貴婦人>と<蛇の貴婦人>像


鳥女神をかたどった壺。マケドニア、アンザⅢ。
初期ヴィンチャ文化、 前5300-5000年頃
p134

古ヨーロッパ文明が前5000年頂点に達した時、
洗練された<鳥女神>と<蛇女神>像が現れた

いまや彼女たちは、仮面を被った精巧な形態の壺であったり、あるいは丹念に装飾を施され、衣装と仮面をつけた貴婦人であったりする

ヴィンチャ文化では知られる限りの集落趾のすべてから<鳥女神>像が発見されている


なるほど、まさに!・・・ということで以下にヴィンチャ文化中期・後期の核心の写真を引用です


ハイドの壺

P136 アヒル型祭器(アスコスと呼ばれる型) ヴィンチャ文化中期 
人面で王冠を被っている 溝上装飾 黒く塗られた帯

ヴィンチャ出土。ヴィンチャウ文化中期 前5千年紀前半



p137 ヴィンチャ文化後期 アヒルの仮面 胸に縦線がついたV字

(p135)) 3個の腕輪、3か6個の首飾り
( どの地域でも共通して、 喉に1個ないし3個また6個の穴や刻みめがつけられている
「3」という数とその倍数は女神にかかわる何らかの象徴的意味を持っていたらしい)
ミノアだけでなくギリシア美術においても鳥やアテナ像には通常3本の柱のような線が伴う。



p138蛇の渦巻き状頭部装飾 ギリシア北東部シタグロ出土
東バルカン文化、前4000年ごろ

乳母としての<蛇女神>と<鳥女神>


P142 図96 子供(乳児)を抱く玉座の女神像
テッサリア セスクロ遺跡、新石器時代後期
身体は蛇を思わせる縞模様で覆われ、特に陰門にはとぐろを巻く蛇の文様が付けられている

p140

V字文、鋸歯文、たすきは<鳥女神>のシンボル
<鳥女神>が前7千年紀以来、祭殿に祀られた重要な神であったことは、あきらか
一方<蛇女神>像は、、ふつう平行線やジグザグ、点列 といった文様で装飾されているが、最も頻繁に見られる表現は、蛇を身体に絡みつかせたり髪形を「蛇=渦巻き」風にして蛇の特徴を強調するもの <鳥女神>や<蛇女神>が支配する上層の水と下層の水は、迷路風雷文(メアンダー)や蛇の渦巻で表わされる・・・

神像としての熊も旧石器時代から受けつかれたモチーフ であるらいい。 (神秘的な水源と関係があるらしい)
雨を降らせるモチーフと授乳するモチーフは密接に関係し合っていた。その証拠に、雨乞いに使われた広口瓶や盥に降雨を表す文様と女性の胸とが一緒に表現されるばかりでなく、蛇や鳥の仮面を被った赤ん坊を、同じく蛇や鳥の仮面をつけた乳母=女神が抱き抱えている像が作られている。
そもそも女神の生地や棲家は水の底深くにあった。


以下ここまでのまとめとの文章があり(p143)

水すなわち生の源をつかさどる女神は、主に蛇、水鳥、アヒル、ガチョウ、鶴、潜水する鳥、フクロウなどの姿で顕現すると考えられていた。
中でも特徴的なのは人間の眼と鳥の嘴のついた仮面を被っている彫刻的な鳥型壺の女神像である。


その仮面に表された聖なる眼や三角形の嘴、それに蛇は、女神が生命誕生に関わり宇宙的な力を支配する女王であることを示す宇宙生成論的(コスモゴニカル)な表象に他ならない。


この女神はエジプトの大女神ヌトのように天上の原初的な水を統合すると同時に、フクロウやハゲワシの姿で顕現し(チャタル・ヒュユクに見られるように)死の領界に関わっている。 

ミノア=クレタと古代ギリシアの<鳥女神>と<蛇女神>

p143

前4千年紀、インド=ヨーロッパ語族が、西ウクライナ、モルダヴィアおよびドナウ河流域のほぼ全域に侵入した後も、重要な土着の女神や神々、とりわけ蛇や鳥の姿で顕現すると信じられていた宇宙的な水の神が祀られた。


しかしながら、ヨーロッパの中東部では偉大な伝統であった「鳥の貴婦人」の彫刻が途絶えてしまう
しかし、ミノア=クレタやエーゲ海諸島、およびミノア文明の影響を強く受けたギリシア本土などの地域ではそうではなかった。


ミノア美術とミノア=ミュケナイ美術に見られる数多くの鳥、蛇、有翼の女性、腕や頭上にとぐろを巻く蛇を伴う女性の像、女神の顕現(エプファニー)としての動物像及び人間の姿を取る女神像は、古ヨーロッパの神界から受け継がれた神像である。
蛇女神と鳥女神の表現は、ミノアの原宮殿時代(前2000-1700年)の儀礼で用いられる壺や皿や祭壇によくみられる


p144 図97ミノアの<蛇女神>もしくはその崇拝者
祭壇の足に描かれた絵
ファイストス 原(プロト)宮廷時代 前2000年初頭
蛇の腕と蛇体のような髪の毛や髪飾りをつけた鳥の嘴を持った貴婦人

クレタでもミュケナイでも壺に表される鳥は、水鳥、カモメ、アヒル、鶴、潜水する鳥などに限られ、身体や鼻や首は、溝、鋸歯文、蛇行するジグザグなどで装飾された。 (CF.Zervos1956:Figs734and738;Zervos 1957:Fig.336)

p145

<鳥女神>とその原初期イメージ記憶は鉄器時代へと受けつかれた。雷文や水鳥はギリシアの幾何学様式時代の美術に再び出現し、<鳥女神>そのものは古代ギリシア美術のアテナ女神像となって現れた。

p146

ギリシア美術に表されたフクロウは新石器時代にさかのぼるものであろう。この鳥は紡績の技術に結びついたもの、すなわち羊と結びつく。

古代ギリシアの黒像式、赤像式陶器に描かれたアテナを見れば、個の女神が鳥のみならず蛇とも親密な関係をもっていたことがわかる。蛇はアテナの分身として、その盾の上を這ったり、盾の後ろに隠れれたり、あるいは女神とおなじ身の丈と威厳とをそなえてかのじょとならんであらわれることもあう。(Harrison 1961;306)
アテナは宇宙的な鳥女神が宇宙的な蛇と対をなしていた時代以来の非常に古い神話を受け継いだ神像なのかもしれない

それにしてもミノアや古ヨーロッパの<鳥女神>が戦いの女神ではなかったのに、なぜアテナがそうなったのか。

アテナが軍神となった答えはこうである
古ヨーロッパの女神の遠い継承者であるアテナは、ギリシアにインド=ヨーロッパとオリエントの影響が及ぼされた2000年の間、インド=ヨーロッパ化、オリエント化された。
この女神は初め都市の守り神として当然戦争と結び付けられるようになった。アテナという名前は前ギリシア的な名前である。無論アテナイという都市の名はこの女神に1因んでいる。
海から生まれたアフロティテ・ウラニアは、前6ー5世紀のギリシアのテラコッタに見られるとおり、ガチョウの背の上に立ったり坐ったりして空を飛ぶ姿や3羽のカモに伴われた姿であらわされたが、アテナ同様この女神も一定の古ヨーロッパ的な<鳥女神>の性質を保持している。

p147

古代ギリシアの女神ヘラとは誰だったのか。へラは明らかに、非ギリシア的な性格を持っている。
へラとゼウスの結婚は青銅器時代にさかのぼるが、(線文字B板に両者の名前が並んで現れているので、この聖婚の神話は前13世紀以前に遡る)玉座に座るのはへラであってゼウスではない。
へラを祀る神域は牧場に囲まれた海に近い河口の流域におかれた。船乗りの守り神にして牧場の支配者であった。
興味深いのはホメーロスがへラを「牡牛の目をしたもの」と呼んだこと。へラの髪は蛇のように渦をまいていることが多い
ヘロドトスによれば、ヘラはギリシア北部の土着民ペラスギア人からギリシア人に受けつかれた神であるという。
ヘラ像の表現に見られるアルカイックな特徴は、ヘラがことがヨーロッパの<蛇女神>に結びつくことを図らずも物語ったいる。
へラとアテナの両女神は古ヨーロッパの神界の真の継承者に他ならない。

Webチェック

アテーナイ像

Wikipediaアテーナイは多くのポリスにおいて、「ポリウーコス(都市守護者)」の称号で呼ばれていた

ホメーロスは女神を、グラウコーピス・アテーネー(glaukopis Athene)と呼ぶが、この定型修飾称号の「グラウコーピス」は、「輝く瞳を持った者」「灰色・青い瞳を持った者」というのが本来の意味と考えられるが、これを、梟(グラウクス)と関連付け、「梟の貌を持った者」というような解釈も行われていた。

ロバート・グレイヴズが『ギリシア神話』Graves, Robert, (1955) 1960. The Greek Myths revised edition.で記すところでは、アテーナーはヘレーネスがギリシアに到来する以前から、母権制社会のペラスゴイ人によって崇拝されていた、人面蛇身で顔を見た者を石に変える大地の女神メテュスであったとする(ただしグレイヴズの主張に学術的裏づけはない)。

Athena Parthenos Altemps Inv8622 n3
Antiochos (signed), copy of Phidias

PallasGiustiniani
Pallas Giustiniani@ Vatican, Museums.Wikipedia

アテナ-神話百科事典
http://www.mythencyclopedia.com/Ar-Be/Athena.html

ヘラHera像


http://www.greek-gods.info/greek-gods/hera/ ヘーラー:その名は古典ギリシア語で「貴婦人、女主人」を意味
聖鳥は孔雀、郭公、鶴で聖獣は牝牛。The cow, lion and the peacock are sacred to her.
その象徴は百合、柘榴、林檎。
ヘーラーの母乳は飲んだ人間の肉体を強化し不死身にする力があり、
ヘーラクレースもこれを飲んだため乳児時代から驚異的な怪力を発揮することが出来た。

ヘーラーはサモス島で誕生したと考えられており、サモス島は古くからヘーラー信仰の中心地となっていた。
元来は、アルゴス、ミュケーナイ、スパルタ等のペロポネーソス半島一帯に確固たる宗教的基盤を持っており、かつてアカイア人に信仰された地母神であったとされ、北方からの征服者との和合をゼウスとの結婚で象徴させたと考えられる。 by フェリックス・ギラン『ギリシア神話』

牝牛のようなヘラ慈愛のヘラ〈つまりヘラ=ミルク〉
lekythos http://www.theoi.com/Olympios/Hera.html
http://www.risdmuseum.org/
Temple of Hera I at Paestum
http://www.tumblr.com/tagged/lekythos?language=ja_JP
http://pinterest.com/lidlcanadian/art-statuary/

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